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東京高等裁判所 昭和54年(ま)1号 決定 1979年4月23日

請求人 藤田靖

主文

本件刑事補償の請求を棄却する。

理由

本件請求の理由は、請求人代理人弁護士原長一ほか四名連名の刑事補償請求申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

よつて審案するに、記録によると、請求人は、「日の出信用組合本店職員としての任務に背き、株式会社サンライズの利益を図る目的で、谷津寛二らと共謀のうえ、昭和四三年一二月二八日同会社から同組合に担保として提供されていた定期預金五〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円を同会社名義の通知預金口座に振替えたうえ、その後合計二九一二万八四二円を同会社に対し現払または口座振替にして、ほしいままに、組合の右五〇〇〇万円の定期預金に対する担保権を喪失させて右組合に財産上の損害を加えた」との趣旨の背任被疑事実(以下「本件第一事実」という。)により、同四七年一月一一日逮捕され、続いて同月一三日勾留されたうえ、同月三一日本件第一事実及び「小池文美と共謀のうえ、日の出信用組合職員としての任務に背いて、同人の利益をはかる目的で、同四三年一二月二日から同月一一日までの間三三回にわたり、同組合の芝浦精機工業所小池文美名義の当座預金口座から、その預金残高をこえて、同工業所振出の小切手、約束手形合計三三通金額合計九九八四万九九四〇円の支払をして、同人に同額の不正貸付をして同組合員に財産上の損害を加えた」との趣旨の背任の余罪(以下「本件第二事実」という。)を公訴事実として起訴され、本件第一事実により引続き勾留されていたが、同四七年二月四日保釈により釈放されたこと、第一審の東京地方裁判所は、同五一年三月九日右各公訴事実をすべて認め、請求人を懲役三年執行猶予三年に処する旨の有罪判決を宣告したが、右判決に対し請求人から控訴し、控訴審の東京高等裁判所は、同五三年三月二九日原判決を破棄して、請求人を本件第二事実の罪で懲役一年六月執行猶予二年に処するとともに、本件第一事実については犯罪の証明がないとして無罪を宣告したこと、右控訴審判決中有罪部分については、請求人から上告の申立があつたが、同年一一月二八日上告審において上告棄却決定があり、確定したこと、右控訴審判決中無罪部分については、検察官から上告の申立がなく、同年四月一三日上告申立期間の経過により確定したこと、以上の事実が認められる。

右事実によると、請求人は、刑事訴訟法の手続において無罪の判決を受けた者で、無罪となつた事実に基づく逮捕、勾留により二五日間未決の抑留又は拘禁を受けた場合にあたるものといえるが、同時に、本件は、刑事補償法三条二号にいう「一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」にあたる。

そこでさらに、同規定により請求人に対して補償の一部分又は全部をしないことが相当であるかどうかについて考察するに、記録によると、捜査官は請求人に対し本件第一事実により逮捕勾留中、その捜査と併行して本件第二事実についても捜査を行い、請求人を取り調べたうえ、両事実を併せて一個の起訴状により公訴を提起し、起訴後、両事実は併合審理されており、かつ、本件第二事実は、その罪質、規模、態様、関係証拠等からみて実質的に勾留の要件を備えており、当初から本件第一事実についての身柄拘束がなければ当然、本件第二事実によつて逮捕、勾留が行われていた関係にあつたことが認められる。してみると、本件未決の抑留又は拘禁は、全期間を通じて有罪となつた本件第二事実のための身柄拘束に役立つているものであり、その他拘束日数や捜査、審理の経過等諸般の事情を勘案すると、請求人に対する本件未決の抑留又は拘禁については、その全部を補償しないのが相当であると認める。

よつて、請求人の本件請求は理由がないので同法一六条によりこれを棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 岡村治信 林修 新矢悦二)

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